福岡高等裁判所 昭和30年(く)12号 判決
再審請求人
中田公弘
〔抄録〕
本件抗告理由は末尾添付の即時抗告申立書と題する書面記載のとおりであり、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
案ずるに、確定判決の証拠となつた証言、鑑定を虚偽なりとする犯罪の被疑事件について、その犯罪の嫌疑がないとの理由により、不起訴処分に付せられたゝめに、その被疑者たる証人鑑定人が右犯罪を為したことについて、確定判決によりこれを証明することができないときは、刑事訴訟法第四百三十七条但書にいわゆる、証拠がないという理由によつて確定判決を得ることができないときに該当するものとして、同法第四百三十五条第二号所定の事由を主張して、同法第四百三十七条本文による再審の請求をすることができないものと解するのが相当である。(昭和十六年四月八日大審院決定参照)
ところで、本件記録並びに取寄にかかる小池親鑑に対する偽証被疑事件不起訴裁定記録(大分地方検察庁昭和二九年第一六一号)によると、抗告人は昭和二十九年一月二十三日大分地方検察庁に対し、原判決の証拠の一となつた証人小池親鑑の証言、鑑定は、虚偽である旨主張して、同人を偽証の事実について告訴したが、同被疑事件は、同年五月七日同検察庁において、犯罪の嫌疑がないという理由によつて不起訴処分に付せられていることが明らかであつて、そのために、小池親鑑の証言、鑑定が虚偽であることについて、確定判決により犯罪が証明されなかつたものであり、しかも、それは前段説明のとおり証拠がないという理由によつて、右確定判決を得ることができないのであるから、刑事訴訟法第四百三十七条但書の規定により、抗告人は、原判決の証拠となつた小池親鑑の証言、鑑定が虚偽であることを理由として、同条本文の規定に準拠して再審の請求をすることができないものといわねばならない。
論旨は(一)刑事訴訟法第四百三十七条の規定について、原決定のした解釈を論難するとともに、同条但書の存在理由を説明した上、抗告人は、本件再審の請求において、原判決の証拠となつた小池親鑑の証言、鑑定が虚偽であることを確信し、大分地方検察庁に対し、同人を偽証罪で告訴したが、不起訴処分になつたため、その確定判決を得ることができなかつたので、右証言、鑑定が虚偽であるという判決を得るために告訴した事実を証明して、再審の請求に及んだのにかゝわらず、同請求書に添付した不起訴処分の証明資料を以て、却つて犯罪のないことが逆に証明されているから、刑事訴訟法第四百三十七条但書に該当するものとして、右再審の請求を理由ないものとしたのは失当であるというけれども、刑事訴訟法第四百三十七条は、前二条の規定に従い、原則として、確定判決により犯罪が証明されたことを、再審の請求の理由とする場合において、若し、犯罪者として訴追をうけ又は訴追をうくべき者の死亡、若しくは逃走などにより、或は、該犯罪の公訴時効の完成などの理由によりその犯罪の証明された確定判決を得ることができないときに、その犯罪事実の証明ができ、原判決の変更を求め得るのにかゝわらず、たゞ確定判決を得ることができないというだけの理由で、みすみす再審の請求を許さないものとするのは、有罪の言渡をうけた者にとつて不公平であり正義に反するから、その場合、有罪の確定判決を得ることができないときでも、例外として、その事実を証明して再審の請求をすることができるとすると同時に、その確定判決を得ることができない理由が、証拠がないという理由に因る場合には、既に犯罪の証明されないことが明白であるから、その事実の証明による再審の請求をすることができない旨規定した趣旨と考えられるので、同条にいわゆるその事実を証明してとある「その事実」とは、所論のように「その確定判決を得ることができなかつた事実」と解すべきではなく、犯罪の証明された確定判決に代る証明方法として、確定判決以外の他の証明資料により証明すべき「再審の原因たる事実」を指すものと解するのが相当である。若し、刑事訴訟法第四百三十七条にいわゆる「事実」を所論の意義に解するならば、犯罪者として訴追をうけ又は訴追をうける者の死亡、逃走などの理由により、犯罪の証明された確定判決を得ることができない場合には、たゞ右犯罪者として訴追をうけ又は訴追をうける者の死亡、若しくは逃走の事実を証明したゞけで、再審の請求をすることができることになり又本件の場合、小池親鑑に対する偽証被疑事件の検察庁における不起訴処分決定のあつた事実だけを証明することにより、再審の請求をすることができることになつて、同法第四百三十五条第四百三十六条所定の再審の請求の理由のうち、確定判決により犯罪が証明されたことを要する旨の規定と対比して著しく均衡を失し、再審の請求の理由を厳格に制限規定した法の精神にも反することとなり、その不合理であることは自ら明らかであろう。
してみれば、本件再審請求の趣意書に、小池親鑑に対する偽証被疑事件について不起訴処分のなされた旨の検察処分通知書(及び意見書に、同不起訴処分裁定書謄本)を添付しただけで前記第四百三十七条にいわゆる事実を証明したことになるというのは、同法条の解釈を誤つたことに基く主張であるばかりでなく、右小池親鑑に対する偽証被疑事件について不起訴処分の決定のあつたことは、冒頭に説明したとおり、まさに同条但書の場合に該当するものとして既にこの点において、再審の請求をすることができない場合にあたるので、原決定がこれと同旨に出て抗告人の本件再審の請求を排斥する理由の一としたことは正当である。その他論旨にいう法文の解釈はすべて独自の見解であつて首肯し難いので、原決定には、所論の違法なく、論旨は理由がない。
(裁判長裁判官 高原太郎 裁判官 大曲壮次郎 裁判官 吉田信孝)